山に添う

道路脇が白くなってくると、背筋が少しのびる。心なしか、ハンドルを握る手にも力が入る。

いくつかの橋をこえる。ほどなくして、黒くすすけた廃工場を横目に、道は峡谷の入り口にさしかかる。そびえる山は青白く、谷は深い。まるで霊峰のようだと思う。

粉雪がふってきた。ワイパーのレバーをひとつ下ろす。ライトもつける。川端康成ではないが、いよいよもって、トンネルの向こうは雪国である。

北上市と西和賀町をむすぶ国道107号線は、冬のこの時期、独特な悲壮感をもって通行車を待ちうける。和賀町横川目の商店街をすぎたあたりから雲行きはあやしくなり、壁紙のようにならぶ雪山の稜線が、いわくいいがたい面持ちで車窓にせまる。ほんとうにこの先に町があるのか。はじめて西和賀を訪れようとする人が、そんな不安を抱いてもおかしくない。

西和賀で生まれ育った筆者のような人間でさえ、ときおり思う。ほんとうにこの先に、というより、よくもこんな険しい道の先に、人が住もうと思ったものだ、と。

西和賀は、藩政のころは“盛岡藩の隠し田”といわれる一方、藩で重罪を犯した者の流刑地でもあった。しかしながら、そういった岩手のにおいを感じさせないくらいに秋田色が強いのは、やはりこの地域への交通の便が少なからず影響していたのだろう。東の玄関、錦秋湖を通る107号線はその通りだし、北の盛岡方面からのルートも、やはり峠道である。岩手側から西和賀へ入っていく道は、どこも険しい。

秋田側からの行路だって平坦ではないが、ほかのルートにくらべたら、いくらかゆるやかではある。水は低きに流るというから、そちら側との交流が自然に深まっていったのもうなずけるし、山道がいまほど整備されていなかったむかしの状況をかんがみれば、岩手の人間にとって西和賀という地がどういうところだったのかも、たやすく想像できる。

今日の車社会では、1時間ちょっとの時間があれば、盛岡・北上・横手のどの街へだって行けてしまう。モータリゼーションの恩恵を最大限に享受している西和賀は、もはや隠し田というほどの秘境でもなければ流刑地でもない。望んでここに住んでいるわけではない人も当然いるだろうが、山とともに生きていくことを選んだ人間にとっては、楽園のような場所である。

そういう人の目には、町の入り口の険しい山路さえいとおしく映る。雪をかぶった峰が青白く憂鬱な表情を見せたら、そういう時期だもんねと、山肌をドライヴしながらやさしく語りかけることだって、できてしまうのである。

1 Comment on “山に添う

  1. 佐々木

    情景がはっきり思い浮かぶよ。
    懐かしいね。

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