電柱のアネクドート

足もとに突き立てたスノーダンプの先端が、バキッという音をあげて割れた。まさか、と思いながら雪面に触れてみる。圧雪された上に気温が低下して、氷になっていた部分だった。ちゃんと確認しておけばよかった。

こわれた破片を拾いあげ、家の前でしばし立ち尽くす。先が思いやられた。今年の冬は、まだはじまったばかりだというのに。

記憶を一年さかのぼり、昨年度の冬を思い出す。全国的に大雪で、西和賀もご多分にもれずよく降った。ピークには積雪量279センチに達し、昭和54年の観測開始以降の、岩手県内における最高記録を更新したほど。

記録を塗り替えるような大雪は例外だろう。少ないときはほんとうに少なく、長期的に見ても積雪量は減少傾向にあるような気がする。そう感じてしまうのは昔話の聞きすぎか、あるいは“地球温暖化”というあやしげな先入観のせいか。

よく聞かされたのは、むかしは電柱をまたげるくらい積もったもんだ、という話。はじめてそれを聞いたとき、一瞬、なにを言っているのかわからなかった。電柱って、あの電柱のこと? そんなに積もるなら、民家なんてひとたまりもなかったはずだ。二階はおろか、屋根まで埋もれてしまう。

ところが実際、いまの電柱とむかしの電柱とでは、そもそも造りがちがっていた。当時は現在のようなコンクリート製ではなく、木製だったのである。

造りがちがえば高さもちがう。木の電柱は、ふだん見慣れているコンクリート製の電柱にくらべて背の低いものが多い。「電柱をまたぐ」という話が、そこではじめて現実味をおびる。

現在のアメダスによる観測がはじまったのは昭和54年だが、それより少し前の昭和49年には、368センチの積雪があったという。数値の信頼性はともかく、それぐらいの積雪があれば、雪の上をわたって電柱をまたぐなんてことも、ほんとうに可能だったかもしれない。

歴史的に木の電柱は、日本の高度経済成長の血流をささえる重要な役目をはたしてきた。それを雪の上からまたぐという行為に、この西和賀の地で暮らしてきた人たちの、シニカルで自虐的な笑いがにじむ。まるでロシアの小話( アネクドート)のようだ。

今年度はどれくらい積もるだろうか。取り替えてきたべつのスノーダンプを、また雪の上に突き刺す。ザクッという音は耳に心地よく、頭に抱えたいろいろな心配事を、せめてものあいだ忘れさせてくれる。この没入感と疲労感を心地よいと思えたとき、雪国での暮らしを芯から楽しめるようになるのである。

 

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