南部かしわの寒卵

お手洗いの順番待ちも厄介な問題だが、出産の順番待ちとなると、これまた当人たちにとっては一刻をあらそう大きな問題である。全部で6部屋しかない産卵部屋はすでに満室。なかには、ひとつの部屋に2羽から3羽で入って、おたがいに「邪魔だ」と突っつき合いながら産んでいる者もある。山人が経営する農園「山人ファーム」における、鶏の産卵風景である。

生後4~5ヶ月をすぎて産卵期に入った鶏たちは、DNAに刷り込まれた本能にしたがって、適切な産卵場所をもとめはじめる。ふしぎなことに、条件にあった場所さえ設けてやれば、ちゃんとそこに落ち着く習性をもっているらしい。犬や猫のように、とくにしつけが必要なわけでもない。

彼女らが好むのは、暗くて、せまくて、高いところ。そのような環境で産卵箱をつくってみて、およそ2ヶ月。カラーボックスをふたつ横にして積み上げたような簡素な手作り部屋だが、愛用してくれているようだ。

雪に囲まれた鶏舎で生活しているこれらの鶏たちは、岩手県の地鶏で「南部かしわ」とよばれている。天然記念物である「岩手地鶏」の血を引き継いでおり、あざやかな鶏冠と流麗な赤羽根をもつ。その羽模様は、まるでヤマドリかと見紛うほどの美しさである。

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県下初の冬飼い

南部かしわは、“ふるさとの土のにおいが感じられる地鶏”というコンセプトのもとで開発された。噛みごたえある筋張った肉質と、そこからにじみ出るコク、そしてほのかな甘味を特徴としている。大型で発育が良いため、生産性・経済性にも優れている。

夏から秋にかけて、日齢(人でいう年齢)120日前後まで育てられた鶏たちは、その大半がすでに鶏肉になり、毎日のように山人の料理に供されている。ここに残されているのはメス49羽にオス1羽の計50羽だが、南部かしわをこの大きさまで育てたのは、県下でもはじめてだという。日齢180日をこえたそのすがたは、目の前で見るとほんとうに立派でたくましく、思わず「おおっ!」と声をあげずにいられない。

冬飼いの目的は、南部かしわが産むたまごの調査である。岩手県から委託された事業である手前、公開できない情報もあるが、要は、いまの南部かしわがどれだけたまごを産めて、そのうちどれだけが使いものになるのかというのを調べている。

オスはいらない?

ここで、オスが一羽だけいるのを疑問に思う人もいよう。ハーレムを作らなければいけない事情でもあるのだろうか、と。うらやましいことに、ある。

そもそも鶏に関して、オスはたまごを産まないし、メスはオスがいなくてもたまごを産める。ここまでで、単にたまごを調べるだけならオスは不要だということがわかる。

その前提を踏まえたうえで、オスが一羽だけ残されたのはなぜか。理由は3つあって、第一に、オスがいることで交尾の可能性が生じ、有精卵が産めるようになること。第二に、オスが群れのまとめ役を果たしてくれること。そして第三に、そういうオスは、この規模であれば一羽いれば十分だということ。

ひとつめの理由である、交尾による有精卵の可能性について、実際のところ山人ファームでは、大半のたまごが有精卵として産み落とされている実情があるようだ。有精卵とは、あたためればヒナに孵るたまごのこと。メスが交尾なしで産んだたまごは無精卵として区別されるが、栄養学的には、両者のあいだに違いはないとされている。

第二の理由について、これはあくまで予防策だが、メスに比べて体格も声も大きいオスが一羽いてくれれば、外からやってくるかもしれない野生動物に対する見張り役になる。

そうでなくても、夜寝るとき、やはりメスたちはオスのとなりの位置を取り合うそうだ。そこがいちばん安全だと知っているからだろう。素直なものである。それなのに私たち人間ときたら・・・・・・おっと余計なことを。

第三の理由については、説明不要と思う。こうしてみると、残されたオスは特別待遇でうらやましくもなるが、人間の都合によって種の優劣が選り分けされる家畜業界において、ほとんどのオスは報われない。今回のケースのように一羽だけオスを残すにしても、なるべくからだが小さいやつのほうがいい、というのが教科書の教えだ。大きいオスは頼もしい反面、エサをよく食べる。お金がかかる。

家畜業界でなくとも、生物学的に、種の進化というのは9割のオスが淘汰されることによって成立してきた。環境に適した優秀な遺伝子をもつ1割のオスだけが生き残り、次世代にいのちをつなぐことができる。そのことを考えると、人間にうまれてきてよかったなあと率直に思う。近年は人間業界でもオスの処遇が危ういので、ゆめゆめ安心もできないわけだが、しかしこれも・・・・・・まったく別の話である。

真冬のたまごの言い伝え

山人ファームでは現在、メスの羽数に対して、一日あたり相当量のたまごを回収している。数字は公表できないものの、かなり良好なデータを積み上げている。

調査が目的の現段階では、たまごそのものについては食べるか捨てるかしかない。一部は山人のまかない料理で消費し、そのほか多くは地元の産業公社などとも協議しながら、新たな展開を考えているところである。

鶏は日齢さえ満たしていれば、一年中どの時期にもたまごを産むことができるが、とくに寒の入りから節分までの寒中に産んだたまごは「寒卵(かんたまご)」とよばれ、俳句の季語にもなっている。むかしからこの時期のたまごは滋養に富み、保存がきくとされていたらしい。目立った作物もない真冬の里において、万能の栄養価をもつたまごは、とりわけ重宝されたことだろう。

いまがその時期である。氷点下のなかで鼻息を白く煙らせ、順番待ちのメスたちにちょっかいをかけられながら、毎日毎日やっとの思いでたまごを産んでいるところを想像してみる。かごいっぱいに収められた不揃いのたまごが、宝物のように愛しく感じられる。

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