“ポルコ・エ・ベッラ”

ファシストになるより豚の方がマシさ、とポルコ・ロッソは言った。すでに豚である彼が、ミラノの街で友人と話しているときの台詞である。

92年に公開されたスタジオジブリの長編アニメ『紅の豚』は傑作だが、こどもには少し分かりにくい作品なのかもしれない。いまなら『風立ちぬ』と比較しながら観るとおもしろい。

人は空を飛ぶことで、はじめて相対的に大地を認識できる。人間の本然がそこにあるのだということを確認できる。なのにいまでは、空を飛ぶことさえ自由にいかなくなった。飛行機が戦争の道具になってしまったからだ。空には線が引かれ、領空というものが誕生した。

地面にへばりついていても、空を飛んでいても、自由ではいられない。そんな時代に、それでも人間らしく自由に生きていくためには、豚にでもなるしかない。飛ばない豚はただの豚だが、おれは飛べる。国家や民族にしばられて生きている窮屈な人間たちより、よっぽど自由で、人間らしい。それがポルコ・ロッソという豚である。

倒錯的で諧謔的な表現に、宮崎駿監督のセンスが光る。空は自由の象徴であり、空飛ぶ船は、旅の象徴である。アドリア界の空で自由放埒に生きている彼のすがたには、かつてそういうものにあこがれた人たちの未練のようなものが、まぶしく投影されているように思う。

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アドリア海の午後

ポルコ・ロッソについて「ボクはああいう男になりたかった」と語るのは、山人の料理長。自分のことを話すとき、照れ隠しで一人称が“ボク”になってしまうのは彼のクセである。

料理長も旅好きで、料理をやっていなければ、いまごろは世界中を旅してまわっていたような人間だ。そんな彼のもとには、やはり旅に関するお得な情報がちらちら入ってくる。

このあいだも、仙台・大阪間の航空券が片道2000円から買えるという話が舞い込んできた。いまをときめくローコストキャリア、通称LCCとよばれる格安航空会社ピーチ・アビエーションの、特売チケットである。

もちろん、いくら航空券が安いといっても、最終的にはその他の諸費用が上乗せされる。仙台から大阪までを片道2000円で行き来するのは実質不可能だが、それでも通常の航空券より半額以下におさえられる。国内の移動はせいぜい1時間から2時間だということをかんがえれば、快適性とのトレードオフでも、目をつぶってやり過ごせる時間だろう。

この年末年始は、最大で9連休をもらう人たちが多いと聞く。12月28日(土)から休みに入り、年明け三ヶ日以降も4日と5日が土日に重なるとあっては、それだけの日数にもなる。年末年始の9連休という日並びのよさは、じつに11年ぶりである。

時勢のよさも重なった。上向きつつある景気が、人びとの足を外へ向かわせている。実際、航空路線の拡充やLCCの普及が後押しして、旅行消費は国内・海外とも前年より伸びているという。

LCCで飛行機代を安くおさえられるなら、その分だけ部屋をグレードアップしようか、という心理がはたらくのも道理。宿泊面では高価格志向の宿やプランが売れているらしいが、その影響が山人にもおよんでいるかというと、これはわからない。岩手にはLCCが就航していないのである。

今後も、別段そういう目処はたっていないようだ。おとなりの秋田空港が、中国の春秋航空との提携を協議しているという話もあるが、先行きは分からない。したがって近場のLCCは、上述した仙台・大阪間の便にかぎられるという状況が、しばらくは続くのだろう。いつの時代も、ホットなものは遅れてやってくるのが東北である。

前回お得なチケットの情報が入ったのは、秋頃だった。こんどはいつかなあ、閑散期になると売り出されるんだよね、などという話をしていると、どこからか『紅の豚』の音楽が鳴りはじめた。

旅情を誘う印象的な曲。ポルコ・ロッソが、愛機の修理のためミラノへ向かっているときに流れた曲だ。アドリア海の碧色が目に浮かぶが、なんと、料理長の携帯の着信音だった。

「ウワサをすればその人だぞ。……もしもし! あどーも、どーも! いまどこさいだ? ほぉ、ほぉ……」

料理長に特売チケットの情報を運んでくる電話の主は、年に100日は空の上ですごしているような人だという。まるでポルコ・ロッソのような人ではないか。もっとも、ポルコ・ロッソは人ではなく、豚なのだが。

 

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