3月の甘み、春の苦み

5月や6月は、なんだか湿っぽい緑。7月は太陽の黄色い日差し。10月は稲穂の黄金色で、1月はまっしろな雪原、というように、それぞれの月の語感は、その月を代表する印象的なモチーフや色彩と、分かちがたく結びついている。

「3月」という言葉の響きからは、色というよりも、味を感じる。

ほんのり甘い、という表現が適切かどうかわからないが、なにしろ雪国の3月は、春の桜色でもなければ、純粋な雪の白さでもない。その中間にあってぼやけている何かふしぎな感触であるからして、わかりやすく色で表現することができない。

3月は、いろんなものがいつもよりまぶしい。学校を卒業する子供たちはだれもが光をまとっているように見えるし、木にやどる鳥たちは、陽気な空にくすぐったいさえずりを響かせる。

仏頂面を決めこんでいた雪も春の日差しに頬をゆるめ、波打つ雪原にきらきらと結晶を輝かせる。手垢のついた表現ではあるが、それはたしかにダイヤモンドの海のようであり、あるいはひなあられのように淡く優しい色彩を放つ、繊細な和紙のようでもある。そう、ひな祭りがあるというのも3月で、なるほど3月のやわらかいイメージは、そういった年中行事の影響も少なからずあると思われる。

しかしあくまでもイメージである。現実の春はそんなに甘ったるいものではなかろう。

どちらかといえば春は、いつだって少しほろ苦いものだ。出会いと別れを軸にした人情の機微はさることながら、それこそ食という点においても、「苦さ」は春に欠かせないキーワードである。

よく「春には苦みを盛れ」といわれる。「春の皿には」「春の料理には」など言い方はさまざまあるようだが、つまりは、あくの強い春の山菜を食べて、冬のあいだに体内に溜まった脂肪や老廃物を取り除こうという話らしい。冬眠から目を覚ましたクマが真っ先に口にするのも、ふきのとうのような解毒作用のある草花と聞く。

ふきのとうは、山人にとっても愛着のある山菜だ。「(ふき)(とう)」という名前のお部屋があるだけでなく、この時期は夕食のおしながきにもふきのとうの絵が描かれているし、食材としてはデザートに使われていたりする。

そのデザートがけっこう洒落ている。どんなものかは、実際に山人へ足を運んでからのお楽しみとしておきたい。見た目は地味だが、ほんのり甘い3月のイメージに春のほろ苦さがくっついて、甘いだけではない春のリアリティを生み出している。こなれた味がする、とでもいおうか。

桜色の甘ったるさに浮き足立つのもいいが、冬越しの重たいからだをすっきりさせるためにも、これから旬をむかえる春の山菜は、日々の食事に積極的に取り入れたい。

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