カタクリの美しさのわけ

カタクリは、種子から最初に花を咲かせるまでに7年~9年かかる。同時期に生まれた人間のこどもがいたとしたら、立派に小学生になるだけの年数である。

一輪の花を咲かせるのにそれだけの年数が必要だと思うと気が遠くなる。ましてやこの豪雪地帯の過酷な冬を何度となく耐え抜いたうえで咲くのだから、カタクリとはまさに「忍耐の花」ではないか。

西和賀町はカタクリを「町の花」に指定しており、町の公式マスコットキャラクターである「カタクリンコちゃん」も、それに由来する。カタクリのことを地元の人たちは「カダゴ」とか「カタゴ」といったりするようだが、山人では、古く万葉集の時代から歌われてきたカタクリの別名「堅香子(かたかご)」を、お部屋の名前に使っている。

可憐で清楚な春の妖精、というイメージで語られることの多いカタクリは、存外に長寿である。はじめに7年以上かけて花を咲かせると、それ以降の年は、咲いたり咲かなかったりを何十年と繰りかえして寿命まで生きる。京都大学名誉教授の河野昭一氏によれば、その寿命は40年~50年にもおよぶという。

しかもカタクリは、1年のうちでたった2ヶ月ほどしか地上に姿をあらわしておらず、木々が芽吹いてあざやかな緑をふくらませきた頃には、すっかり消えてしまう。残りの10ヶ月は休眠期間である。翌年の春にむけ、地中深くにある「鱗茎(りんけい)」とよばれる部分に栄養をたくわえる。

カタクリの里として有名な西和賀町では、例年、GWにかさなる4月下旬から5月上旬に見頃をむかえる。カタクリは群生地にかぎらず、田んぼのあぜ道や沿道にも咲いているが、頭をたれて控えめにしているので、道路脇にあってもそれに気付かない人が多いだろう。

カタクリのうつくしさはそうした慎ましさにある。厳しい寒さに耐え、長い年月のふるいにかけられてなお生き残ってきたことに対する自信は、けっして誇示することはないけれど、花びらの色濃さにたしかにあらわれている。

こんなに小さくても、花を咲かせて実を結ぶまで、7年以上。頭をたれなければいけないのはこっちのほうではないか、と考えさせられる。私たちが、効率や無駄、さらには「忙しいから」のひと言で縮めてきたさまざまな時間は、ほんとうに縮めるべき時間だったのだろうか、と。

社会の変化するスピードがどんなに早くなっても、私たちの人生の根本的なスピードは変わっていない。なにか一芸を身につけるための修行期間は短くなっただろうか。むかしより短時間で恋に落ちるようになっただろうか。技術の習得には相変わらず時間が必要で、まわりとの人間関係を築くのだって、一朝一夕にはいかない。お互いの信頼度の高さは、対等に向き合ってきた時間の長さに比例する。

忍耐の花はすべての庭に咲くわけではないが、忍耐の時間なくしては一輪の花も咲かせることはできないということを、カタクリは教えてくれる。そしてその教訓をみずから体現するがゆえに、カタクリはより一層、残雪の西和賀にうつくしく映えるのである。

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