月の輪をめぐる冒険

建物内に一歩足を踏み入れると、そこには日本酒の香りと、脈々と受け継がれてきた歴史が漂っていた。蔵内は天井近くの窓から入り込んだ午後の暖かな光に包まれているが、作業場は霜が降りたように、研ぎ澄まされた冬の空気で満たされている。蔵人たちはその張りつめた空気を裂いて素早く動き回り、淡々と作業を進めていく。

丹精込めて育てられ、うつくしく磨かれた真珠のような米は、水に浸ける作業だけでも“何分何秒”と管理される。これがやがては、多くの人々を魅了する極上の一雫に変わる。

岩手県紫波町、古舘地区。十日に一度は市が立ったことからその名がついた十日市という地域に、月の輪の酒蔵がある。周りは静かな住宅街でゆったりとしているが、蔵を前にすると時間の流れが変わった。酒造が始まった明治時代の建物の影響かもしれない。どっしりとした時の重みを感じる。

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酒造りの最高責任者である杜氏、その杜氏集団は日本全国に30以上存在し、独自の技術で酒造りを行っている。なかでも岩手の南部杜氏は、新潟の越後杜氏、兵庫の丹波杜氏とならぶ、日本三大杜氏のひとつである。杜氏数は全国最多で、月の輪を擁する紫波町が、その発祥地とされている。

“月の輪”の由来は、やや込み入っている。平安時代中期の将軍・源頼義が、当時の奥六郡(盛岡市から奥州市までの地域)を支配していた安倍一族を攻めた際、兵の飲料を確保するため宿営地に池を掘った。9月15日の月夜、源氏の旗に描かれた日月がその池に映りこみ、金色に輝いたのを目にした頼義は、これ吉兆と見て兵士に進軍の命を下し、見事に勝利。後にその話を聞いた奥州藤原氏3代目当主の藤原秀衡は、池を円形に修理し、中に太陽と三日月を模した島を作ったという。これが月の輪形と呼ばれ、現在に伝えられている。

一方、源氏に敗れた安倍軍勢の兵士が傷を癒した湯治場が、ここ西和賀町の湯川温泉であるといわれる。約1,000年前、永承時代からの歴史をもつ湯川温泉は、平泉の黄金文化が花開く以前から存在していたのである。

「古い文明は必ず美酒を持つ」。おちょこに口をつける前にこんな言葉を思い出せば、ふだん何気なく楽しんでいる日本酒も、違った味わいになるだろう。伝統を守りながら新しい技術を取り入れ、挑戦を続ける姿を目の当たりにすると、なおのこと盃を持つ手にも力が入る。しかし、堅苦しい決まりごとにとらわれているうちは、底が知れるというもの。月の輪酒造の蔵元も、こう言っている。

「その人が楽しみたいように楽しむのが一番」

ルールのない、自由な楽しみ方が、日本酒の可能性を広げていく。

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佐藤 友代
岩手県紫波町出身。西和賀に住んで2年目。好きな季節は夏。
旅の楽しみは食べ物。動物がいると気をとられる。

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